「貴公は相変らず発句《ほっく》にお凝りかね。」
馬琴は巧《たく》みに話頭を転換した。がこれは何も眇の表情を気にしたわけではない。彼の視力は幸福なことに(?)もうそれがはっきりとは見えないほど、衰弱していたのである。
「これはお尋ねにあずかって恐縮至極でございますな。手前のはほんの下手《へた》の横好きで今日も運座《うんざ》、明日も運座、と、所々方々へ臆面もなくしゃしゃり出ますが、どういうものか、句の方はいっこう頭を出してくれません。時に先生は、いかがでございますな、歌とか発句とか申すものは、格別お好みになりませんか。」
「いや私《わたし》は、どうもああいうものにかけると、とんと無器用でね。もっとも一時はやったこともあるが。」
「そりゃ御冗談で。」
「いや、まったく性に合わないと見えて、いまだにとんと眼くらの垣覗《かきのぞ》きさ。」
馬琴は、「性に合わない」という語《ことば》に、ことに力を入れてこう言った。彼は歌や発句が作れないとは思っていない。だからもちろんその方面の理解にも、乏しくないという自信がある。が、彼はそういう種類の芸術には、昔から一種の軽蔑を持っていた。なぜかというと、歌
前へ
次へ
全49ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング