あんどう》のまわりでは、姑《しゅうと》のお百と、嫁のお路とが、向い合って縫い物を続けている。太郎はもう寝かせたのであろう。少し離れたところには※[#「兀+王」、第3水準1−47−62]弱《おうじゃく》らしい宗伯が、さっきから丸薬をまろめるのに忙しい。
「お父様《とっさん》はまだ寝ないかねえ。」
 やがてお百は、針へ髪の油をつけながら、不服らしくつぶやいた。
「きっとまたお書きもので、夢中になっていらっしゃるのでしょう。」
 お路は眼を針から離さずに、返事をした。
「困り者だよ。ろくなお金にもならないのにさ。」
 お百はこう言って、伜と嫁とを見た。宗伯は聞えないふりをして、答えない。お路も黙って針を運びつづけた。蟋蟀《こおろぎ》はここでも、書斎でも、変りなく秋を鳴きつくしている。
[#地から1字上げ](大正六年十一月)



底本:「日本の文学 29 芥川龍之介」中央公論社
   1964(昭和39)年10月5日初版発行
初出:「大阪毎日新聞」
   1917(大正6)年11月
入力:佐野良二
校正:伊藤時也
2000年4月15日公開
2004年1月11日修正
青空文庫作成ファイル:

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