《こうせい》恐るべしと言いましたがな。」
馬琴は崋山が自分の絵のことばかり考えているのを、妬《ねた》ましいような心もちで眺めながら、いつになくこんな諧謔《かいぎゃく》を弄《ろう》した。
「それは後生も恐ろしい。だから私どもはただ、古人と後生との間にはさまって、身動きもならずに、押され押され進むのです。もっともこれは私どもばかりではありますまい。古人もそうだったし、後生もそうでしょう。」
「いかにも進まなければ、すぐに押し倒される。するとまず一足でも進む工夫が、肝腎《かんじん》らしいようですな。」
「さよう、それが何よりも肝腎です。」
主人と客とは、彼ら自身の語《ことば》に動かされて、しばらくの間口をとざした。そうして二人とも、秋の日の静かな物音に耳をすませた。
「八犬伝は相変らず、捗《はか》がお行きですか。」
やがて、崋山が話題を別な方面に開いた。
「いや、一向はかどらんでしかたがありません。これも古人には及ばないようです。」
「御老人がそんなことを言っては、困りますな。」
「困るのなら、私の方が誰よりも困っています。しかしどうしても、これで行けるところまで行くよりほかはない。そ
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