というところでしょう。」
十一
「これは昨日《きのう》描《か》き上げたのですが、私には気に入ったから、御老人さえよければ差し上げようと思って持って来ました。」
崋山は、鬚《ひげ》の痕《あと》の青い顋《あご》を撫《な》でながら、満足そうにこう言った。
「もちろん気に入ったと言っても、今まで描いたもののうちではというくらいなところですが――とても思う通りには、いつになっても、描けはしません。」
「それはありがたい。いつも頂戴ばかりしていて恐縮ですが。」
馬琴は、絵を眺めながら、つぶやくように礼を言った。未完成のままになっている彼の仕事のことが、この時彼の心の底に、なぜかふとひらめいたからである。が、崋山は崋山で、やはり彼の絵のことを考えつづけているらしい。
「古人の絵を見るたびに、私はいつもどうしてこう描《か》けるだろうと思いますな。木でも石でも人物でも、皆その木なり石なり人物なりになり切って、しかもその中に描《えが》いた古人の心もちが、悠々《ゆうゆう》として生きている。あれだけは実に大したものです。まだ私などは、そこへ行くと、子供ほどにも出来ていません。」
「古人は後生
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