いどう》舒川県《じょせんけん》)に陣列《つらな》れり。戊申《つちのえさる》(天智天皇《てんちてんのう》の二年秋八月二十七日)日本《やまと》の船師《ふないくさ》、始めて至り、大唐の船師と合戦《たたか》う。日本《やまと》利あらずして退く。己酉《つちのととり》(二十八日)……さらに日本《やまと》の乱伍《らんご》、中軍《ちゅうぐん》の卒を率いて進みて大唐の軍を伐《う》つ。大唐、便《すなわ》ち左右より船を夾《はさ》みて繞《めぐ》り戦う。須臾《とき》の際《ま》に官軍《みいくさ》敗績《やぶ》れぬ。水に赴《おもむ》きて溺死《しぬ》る者|衆《おお》し。艫舳《へとも》、廻旋《めぐら》することを得ず。」(日本書紀《にほんしょき》)
いかなる国の歴史もその国民には必ず栄光ある歴史である。何も金将軍の伝説ばかり一粲《いっさん》に価する次第ではない。
[#地から1字上げ](大正十三年一月)
底本:「芥川龍之介全集5」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年2月24日第1刷発行
1995(平成7)年4月10日第6刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭
前へ
次へ
全9ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング