が歴々《ありあり》と眼の前へ浮んで来ます。大川に臨んだ仏蘭西窓、縁《へり》に金を入れた白い天井《てんじょう》、赤いモロッコ皮の椅子《いす》や長椅子、壁に懸《か》かっているナポレオン一世の肖像画、彫刻《ほり》のある黒檀《こくたん》の大きな書棚、鏡のついた大理石の煖炉《だんろ》、それからその上に載っている父親の遺愛の松の盆栽――すべてがある古い新しさを感じさせる、陰気なくらいけばけばしい、もう一つ形容すれば、どこか調子の狂った楽器の音《ね》を思い出させる、やはりあの時代らしい書斎でした。しかもそう云う周囲の中に、三浦《みうら》はいつもナポレオン一世の下に陣取りながら、結城揃《ゆうきぞろ》いか何かの襟を重ねて、ユウゴオのオリアンタアルでも読んで居ようと云うのですから、いよいよあすこに並べてある銅板画にでもありそうな光景です。そう云えばあの仏蘭西窓の外を塞《ふさ》いで、時々大きな白帆が通りすぎるのも、何となくもの珍しい心もちで眺めた覚えがありましたっけ。
「三浦は贅沢《ぜいたく》な暮しをしているといっても、同年輩の青年のように、新橋《しんばし》とか柳橋《やなぎばし》とか云う遊里に足を踏み入れる
前へ
次へ
全40ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング