いな事で、私自身にもその理由がはっきりとわかっていた訳じゃありません。殊に私の予想が狂うのは、今度三浦に始めて会った時を始めとして、度々経験した事ですから、勿論その時もただふとそう思っただけで、別段それだから彼の結婚を祝する心が冷却したと云う訳でもなかったのです。それ所か、明《あかる》い空気|洋燈《ランプ》の光を囲んで、しばらく膳に向っている間《あいだ》に、彼の細君の溌剌《はつらつ》たる才気は、すっかり私を敬服させてしまいました。俗に打てば響くと云うのは、恐らくあんな応対《おうたい》の仕振りの事を指すのでしょう。『奥さん、あなたのような方は実際日本より、仏蘭西《フランス》にでも御生れになればよかったのです。』――とうとう私は真面目《まじめ》な顔をして、こんな事を云う気にさえなりました。すると三浦も盃《さかずき》を含みながら、『それ見るが好《い》い。己《おれ》がいつも云う通りじゃないか。』と、からかうように横槍《よこやり》を入れましたが、そのからかうような彼の言《ことば》が、刹那の間《あいだ》私の耳に面白くない響を伝えたのは、果して私の気のせいばかりだったでしょうか。いや、この時半ば怨ず
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