はこの数日来、俄《にわか》に水母が殖《ふ》えたらしかった。現に僕もおとといの朝、左の肩から上膊《じょうはく》へかけてずっと針の痕《あと》をつけられていた。
「どこを?」
「頸《くび》のまわりを。やられたなと思ってまわりを見ると、何匹も水の中に浮いているんだ。」
「だから僕ははいらなかったんだ。」
「※[#「言+虚」、第4水準2−88−74]《うそ》をつけ。――だがもう海水浴もおしまいだな。」
渚《なぎさ》はどこも見渡す限り、打ち上げられた海草《かいそう》のほかは白《しら》じらと日の光に煙っていた。そこにはただ雲の影の時々|大走《おおばし》りに通るだけだった。僕等は敷島を啣《くわ》えながら、しばらくは黙ってこう言う渚に寄せて来る浪を眺めていた。
「君は教師の口はきまったのか?」
Mは唐突《いきなり》とこんなことを尋ねた。
「まだだ。君は?」
「僕か? 僕は……」
Mの何か言いかけた時、僕等は急に笑い声やけたたましい足音に驚かされた。それは海水着に海水帽をかぶった同年輩《どうねんぱい》の二人《ふたり》の少女だった。彼等はほとんど傍若無人《ぼうじゃくぶじん》に僕等の側を通り抜けながら、
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