僕等の転《ころ》がっているのを見ると、鮮《あざや》かに歯を見せて一笑した。Mは彼の通り過ぎた後《のち》、ちょっと僕に微苦笑《びくしょう》を送り、
「あいつ、嫣然《えんぜん》として笑ったな。」と言った。それ以来彼は僕等の間《あいだ》に「嫣然」と言う名を得ていたのだった。
「どうしてもはいらないか?」
「どうしてもはいらない。」
「イゴイストめ!」
Mは体を濡《ぬ》らし濡らし、ずんずん沖《おき》へ進みはじめた。僕はMには頓着《とんじゃく》せず、着もの脱ぎ場から少し離れた、小高い砂山の上へ行った。それから貸下駄を臀《しり》の下に敷き、敷島《しきしま》でも一本吸おうとした。しかし僕のマツチの火は存外強い風のために容易に巻煙草に移らなかった。
「おうい。」
Mはいつ引っ返したのか、向うの浅瀬に佇《たたず》んだまま、何か僕に声をかけていた。けれども生憎《あいにく》その声も絶え間《ま》のない浪《なみ》の音のためにはっきり僕の耳へはいらなかった。
「どうしたんだ?」
僕のこう尋ねた時にはMはもう湯帷子《ゆかた》を引っかけ、僕の隣に腰を下ろしていた。
「何、水母《くらげ》にやられたんだ。」
海に
前へ
次へ
全16ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング