紙《まきがみ》を眺めたまま、しばらくはただ考えていた。
「これは雷水解《らいすいかい》と云う卦《け》でな、諸事思うようにはならぬとあります。――」
お蓮は怯《お》ず怯《お》ず三枚の銭から、老人の顔へ視線を移した。
「まずその御親戚とかの若い方《かた》にも、二度と御遇《おあ》いにはなれそうもないな。」
玄象道人《げんしょうどうじん》はこう云いながら、また穴銭を一枚ずつ、薄赤い絹に包み始めた。
「では生きては居りませんのでしょうか?」
お蓮は声が震えるのを感じた。「やはりそうか」と云う気もちが、「そんな筈はない」と云う気もちと一しょに、思わず声へ出たのだった。
「生きていられるか、死んでいられるかそれはちと判じ悪《にく》いが、――とにかく御遇いにはなれぬものと御思いなさい。」
「どうしても遇えないでございましょうか?」
お蓮に駄目《だめ》を押された道人は、金襴《きんらん》の袋の口をしめると、脂《あぶら》ぎった頬のあたりに、ちらりと皮肉らしい表情が浮んだ。
「滄桑《そうそう》の変《へん》と云う事もある。この東京が森や林にでもなったら、御遇いになれぬ事もありますまい。――とまず、卦《け
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