紙《まきがみ》を眺めたまま、しばらくはただ考えていた。
「これは雷水解《らいすいかい》と云う卦《け》でな、諸事思うようにはならぬとあります。――」
お蓮は怯《お》ず怯《お》ず三枚の銭から、老人の顔へ視線を移した。
「まずその御親戚とかの若い方《かた》にも、二度と御遇《おあ》いにはなれそうもないな。」
玄象道人《げんしょうどうじん》はこう云いながら、また穴銭を一枚ずつ、薄赤い絹に包み始めた。
「では生きては居りませんのでしょうか?」
お蓮は声が震えるのを感じた。「やはりそうか」と云う気もちが、「そんな筈はない」と云う気もちと一しょに、思わず声へ出たのだった。
「生きていられるか、死んでいられるかそれはちと判じ悪《にく》いが、――とにかく御遇いにはなれぬものと御思いなさい。」
「どうしても遇えないでございましょうか?」
お蓮に駄目《だめ》を押された道人は、金襴《きんらん》の袋の口をしめると、脂《あぶら》ぎった頬のあたりに、ちらりと皮肉らしい表情が浮んだ。
「滄桑《そうそう》の変《へん》と云う事もある。この東京が森や林にでもなったら、御遇いになれぬ事もありますまい。――とまず、卦《け》にはな、卦にはちゃんと出ています。」
お蓮はここへ来た時よりも、一層心細い気になりながら、高い見料《けんりょう》を払った後《のち》、※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》家《うち》へ帰って来た。
その晩彼女は長火鉢の前に、ぼんやり頬杖《ほおづえ》をついたなり、鉄瓶《てつびん》の鳴る音に聞き入っていた。玄象道人の占いは、結局何の解釈をも与えてくれないのと同様だった。いや、むしろ積極的に、彼女が密《ひそ》かに抱《いだ》いていた希望、――たといいかにはかなくとも、やはり希望には違いない、万一を期する心もちを打ち砕いたのも同様だった。男は道人がほのめかせたように、実際生きていないのであろうか? そう云えば彼女が住んでいた町も、当時は物騒な最中だった。男はお蓮のいる家《うち》へ、不相変《あいかわらず》通って来る途中、何か間違いに遇ったのかも知れない。さもなければ忘れたように、ふっつり来なくなってしまったのは、――お蓮は白粉《おしろい》を刷《は》いた片頬《かたほお》に、炭火《すみび》の火照《ほて》りを感じながら、いつか火箸を弄《もてあそ》んでいる彼女自身を見出《みいだ》した
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