力があつて、とても日本の作家なんぞには、一行も書けないやうな代物《しろもの》だつた。勿論自分は大に感心して、立ちながら、行《ぎやう》の間《あひだ》へ何本も色鉛筆の線を引いた。
 所が飯田橋《いひだばし》の乗換でふと気がついて見ると、窓の外の往来に、妙な男が二人《ふたり》歩いてゐた。その男は二人とも、同じやうな襤縷々々《ぼろぼろ》の着物を着てゐた。しかも髪も髭《ひげ》ものび放題で、如何にも古怪な顔つきをしてゐた。自分はこの二人の男に何処かで遇《あ》つたやうな気がしたが、どうしても思ひ出せなかつた。すると隣の吊革にゐた道具屋じみた男が、
「やあ、又|寒山拾得《かんざんじつとく》が歩いてゐるな」と云つた。
 さう云はれて見ると、成程その二人の男は、箒《はうき》をかついで、巻物を持つて、大雅《たいが》の画からでも脱け出したやうに、のつそりかんと歩いてゐた。が、いくら売立てが流行《はや》るにしても、正物《しやうぶつ》の寒山拾得が揃つて飯田橋を歩いてゐるのも不思議だから、隣の道具屋らしい男の袖《そで》を引張つて、
「ありや本当に昔の寒山拾得ですか」と、念を押すやうに尋ねて見た。けれどもその男は至極
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