|家常茶飯《かじやうさはん》な顔をして、
「さうです。私はこの間も、商業会議所の外で遇ひました」と答へた。
「へええ、僕はもう二人とも、とうに死んだのかと思つてゐました。」
「何、死にやしません。ああ見えたつて、ありや普賢文殊《ふげんもんじゆ》です。あの友だちの豊干《ぶかん》禅師つて大将も、よく虎に騎《の》つちや、銀座通りを歩いてますぜ。」
それから五分の後《のち》、電車が動き出すと同時に、自分は又さつき読みかけた露西亜小説へとりかかつた。すると一頁と読まない内に、ダイナマイトの臭ひよりも、今見た寒山拾得の怪しげな姿が懐しくなつた。そこで窓から後《うしろ》を透して見ると、彼等はもう豆のやうに小さくなりながら、それでもまだはつきりと、朗《ほがらか》な晩秋の日の光の中に、箒をかついで歩いてゐた。
自分は吊革《つりかは》につかまつた儘、元の通り書物を懐に入れて、家《うち》へ帰つたら早速、漱石先生へ、今日飯田橋で寒山拾得に遇つたと云ふ手紙を書かうと思つた。さう思つたら[#「思つたら」は底本では「思ったら」]、彼等が現代の東京を歩いてゐるのも、略々《ほぼ》無理がないやうな心もちがした。
底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:浅原庸子
2007年4月13日作成
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