暗かったからばかりではないです。一切を天命でごまかそうとする――それがいかんですな。英雄と云うものは、そんなものじゃないと思うです。蕭丞相《しょうじょうしょう》のような学者は、どう云われるか知らんですが。」
呂馬通は、得意そうに左右を顧みながら、しばらく口をとざした。彼の論議が、もっともだと思われたのであろう。一同は互に軽い頷きを交しながら、満足そうに黙っている。すると、その中で、鼻の高い顔だけが、思いがけなく、一種の感動を、眼の中に現した。黒い瞳が、熱を持ったように、かがやいて来たのである。
「そうかね。項羽はそんな事を云ったかね。」
「云ったそうです。」
呂馬通は、長い顔を上下に、大きく動かした。
「弱いじゃないですか。いや、少くとも男らしくないじゃないですか。英雄と云うものは、天と戦うものだろうと思うですが。」
「そうさ。」
「天命を知っても尚、戦うものだろうと思うですが。」
「そうさ。」
「すると項羽は――」
劉邦《りゅうほう》は鋭い眼光をあげて、じっと秋をまたたいている燈火《ともしび》の光を見た。そうして、半ば独り言のように、徐《おもむろ》にこう答えた。
「だから、英雄
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