《さしつか》へないのである」と云つてゐる。芸術は御裁可《ごさいか》に及ばずとも、変遷してしまふのに違ひない。その点は君に同感である。が、同感であると云ふ意味は必《かならず》しも各時代の芸術を、いづれもその時代の芸術であるから、平等に認めると云ふ意味ではない。レオナルド・ダ・ヴインチの作品は十五世紀の伊太利《イタリイ》の芸術である、未来派の画家の作品は二十世紀の伊太利の芸術である。しかしどちらも同様に尊敬するなどと云ふことは、――これは勿論|断《ことわ》らずとも、当然中村君も同感であらう。
しかし又君はかう云つてゐる。「それと同じやうに、随筆だつて、やつぱり「枕の草紙」とか、「つれづれ草」とか、清少納言《せいせうなごん》や兼好法師《けんかうほふし》の生きた時代には、ああした随筆が生れ、また現在の時代には、現在の時代に適応した随筆の出現するのは已《や》むを得ない。(僕|曰《いはく》、勿論である)夏目漱石《なつめそうせき》の「硝子戸の中」なども、芸術的小品として、随筆の上乗《じやうじよう》なるものだと思ふ。(僕|曰《いはく》、頗《すこぶ》る僕も同感である)ああ云ふのはなかなか容易に望めるものではない。観潮楼《くわんてうろう》や、断腸亭《だんちやうてう》や、漱石《そうせき》や、あれはあれで打ち留《ど》めにして置いて、岡栄一郎《をかえいいちらう》氏、佐佐木味津三《ささきみつざう》氏などの随筆でも、それはそれで新らしい時代の随筆で結構ではないか。」君の言に賛成する為にはまづ「硝子戸の中」と岡、佐佐木両氏の随筆との差を時代の差ばかりにしてしまはなければならぬ。それはまあ日ごろ敬愛する両氏のことでもあるしするから、時代の差ばかりにしても差支《さしつか》へはない。が、大義の存する所、親《しん》を滅するを顧みなければ、必《かならず》しもさうばかりは云はれぬやうである。況《いはん》や両氏の作品にもはるかに及ばない随筆には如何《いか》に君に促《いなが》されたにもせよ、到底《たうてい》讃辞を奉ることは出来ない。(次手《ついで》にちよつとつけ加へれば、中村君は古人の随筆の佳所と君の所謂《いはゆる》「古来の風趣《ふうしゆ》」とを同一視してゐるやうである。が、僕の「枕の草紙」を愛するのは「古来の風趣」を愛するのではない。少くとも「古来の風趣」ばかりを愛してゐないのは確かである。)
最後に君は「何《ど》うせ随筆である。そんなに難《むづ》かしく考へない方が好《よ》い。あんまり出たらめは困るけれども、必しも風格高きを要せず、名文であることを要せず、博識なるを要せず、凝《こ》ることを要しない。素朴《そぼく》に、天真爛漫《てんしんらんまん》に、おのおのの素質《そしつ》に依つて、見たり、感じたり、考へたりしたことが書いてあれば、それでよろしい」と云つてゐる。それでよろしいには違ひない。しかし問題は中村君の「あんまり出たらめは困るけれども」と云ふ、その「あんまり」に潜《ひそ》んでゐる。「あんまり出たらめ」の困ることは僕も亦《また》君と変りはない。唯君は僕よりも寛容《くわんよう》の美徳に富んでゐるのである。
なほ次手《ついで》に枝葉《しえふ》に亙《わた》れば、中村君は「近来随筆の流行漸く盛んならんとするに当つて、随筆を論ずる者、必ず一方《いつぱう》に永井荷風《ながゐかふう》氏や、近松秋江《ちかまつしうかう》氏を賞揚し、一方に若い人人のそれを嘲笑《てうせう》する傾向がある。(中略)世間が夙《つと》に認めてゐることを、尻馬《しりうま》に乗つて、屋上《をくじやう》屋《おく》を架《か》して見たつて、何《なん》の手柄《てがら》にもならない」と云つてゐる。これも同感と云ふ外はない。就中《なかんづく》「若い人人」の中に僕も加へてくれるならば、一層同感することは確かである。
しかし君の「随筆の流行といふことを、人人にはつきり意識させたのは、中戸川吉二《なかとがはきちじ》氏の始めた、雑誌「随筆」の発刊が機縁になつて居ると思ふ。(中略)しかし随筆と云ふものが、芥川氏や、その他の諸氏の定義して居るやうに難かしいものだとすると、(中略)到底《たうてい》随筆専門の雑誌の発刊なんか、思ひも及ばないことになる」と云ふのは聊《いささ》か矯激《けいげき》の言である。雑誌「随筆」は必《かならず》しも理想的随筆ばかり掲載せずとも好《よ》い。現に君の主宰《しゆさい》する雑誌「新潮」を読んで見給へ。時には多少の旧潮をも掲載してゐることは事実である。
中村|武羅夫《むらを》君
僕は大体君の文に答へ尽したと信じてゐる。が、もう一言《ひとこと》つけ加へれば、僕の随筆を論じた文も理路整然としてゐた次第ではない。僕は「清閑を得る前にはまづ金を持たなければならない。或は金を超越しなければならない。これはどちらも絶望
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