言っていました。医者のチャックも来るくらいですから、学生のラップや哲学者のマッグの見舞いにきたことはもちろんです。が、あの漁夫《りょうし》のバッグのほかに昼間はだれも尋ねてきません。ことに二三匹いっしょに来るのは夜、――それも月のある夜です。僕はゆうべも月明りの中に硝子《ガラス》会社の社長のゲエルや哲学者のマッグと話をしました。のみならず音楽家のクラバックにもヴァイオリンを一曲|弾《ひ》いてもらいました。そら、向こうの机の上に黒百合《くろゆり》の花束がのっているでしょう? あれもゆうべクラバックが土産《みやげ》に持ってきてくれたものです。……
 (僕は後ろを振り返ってみた。が、もちろん机の上には花束も何ものっていなかった。)
 それからこの本も哲学者のマッグがわざわざ持ってきてくれたものです。ちょっと最初の詩を読んでごらんなさい。いや、あなたは河童の国の言葉を御存知になるはずはありません。では代わりに読んでみましょう。これは近ごろ出版になったトックの全集の一冊です。――
 (彼は古い電話帳をひろげ、こういう詩をおお声に読みはじめた。)

[#ここから1字下げ]
――椰子《やし》の花や竹
前へ 次へ
全86ページ中84ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング