我ら会員はホップ夫人とともに円卓をめぐりて黙坐《もくざ》したり。夫人は三分二十五秒の後《のち》、きわめて急劇なる夢遊状態に陥り、かつ詩人トック君の心霊の憑依《ひょうい》するところとなれり。我ら会員は年齢順に従い、夫人に憑依せるトック君の心霊と左のごとき問答を開始したり。
 問 君は何ゆえに幽霊に出《い》ずるか?
 答 死後の名声を知らんがためなり。
 問 君――あるいは心霊諸君は死後もなお名声を欲するや?
 答 少なくとも予《よ》は欲せざるあたわず。しかれども予の邂逅《かいこう》したる日本の一詩人のごときは死後の名声を軽蔑《けいべつ》しいたり。
 問 君はその詩人の姓名を知れりや?
 答 予は不幸にも忘れたり。ただ彼の好んで作れる十七字詩の一章を記憶するのみ。
 問 その詩は如何《いかん》?
 答「古池や蛙《かわず》飛びこむ水の音」。
 問 君はその詩を佳作なりとなすや?
 答 予《よ》は必ずしも悪作なりとなさず。ただ「蛙《かわず》」を「河童《かっぱ》」とせんか、さらに光彩陸離《こうさいりくり》たるべし。
 問 しからばその理由は如何《いかん》?
 答 我ら河童はいかなる芸術にも河
前へ 次へ
全86ページ中73ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング