かさの中に――高山植物の花の香に交じったトックの血の匂《にお》いの中に後始末《あとしまつ》のことなどを相談しました。しかしあの哲学者のマッグだけはトックの死骸《しがい》をながめたまま、ぼんやり何か考えています。僕はマッグの肩をたたき、「何を考えているのです?」と尋ねました。
「河童の生活というものをね。」
「河童の生活がどうなるのです?」
「我々河童はなんと言っても、河童の生活をまっとうするためには、……」
 マッグは多少はずかしそうにこう小声でつけ加えました。
「とにかく我々河童以外の何ものかの力を信ずることですね。」

        一四

 僕に宗教というものを思い出させたのはこういうマッグの言葉です。僕はもちろん物質主義者ですから、真面目《まじめ》に宗教を考えたことは一度もなかったのに違いありません。が、この時はトックの死にある感動を受けていたためにいったい河童の宗教はなんであるかと考え出したのです。僕はさっそく学生のラップにこの問題を尋ねてみました。
「それは基督教《キリストきょう》、仏教、モハメット教、拝火教《はいかきょう》なども行なわれています。まず一番勢力のあるものは
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