しかしこういうわがままの河童といっしょになった家族は気の毒ですね。」
「なにしろあとのことも考えないのですから。」
 裁判官のペップは相変わらず、新しい巻煙草《まきたばこ》に火をつけながら、資本家のゲエルに返事をしていました。すると僕らを驚かせたのは音楽家のクラバックのおお声です。クラバックは詩稿を握ったまま、だれにともなしに呼びかけました。
「しめた! すばらしい葬送曲ができるぞ。」
 クラバックは細い目をかがやかせたまま、ちょっとマッグの手を握ると、いきなり戸口へ飛んでいきました。もちろんもうこの時には隣近所の河童が大勢、トックの家の戸口に集まり、珍しそうに家の中をのぞいているのです。しかしクラバックはこの河童たちを遮二無二《しゃにむに》左右へ押しのけるが早いか、ひらりと自動車へ飛び乗りました。同時にまた自動車は爆音を立ててたちまちどこかへ行ってしまいました。
「こら、こら、そうのぞいてはいかん。」
 裁判官のペップは巡査の代わりに大勢の河童《かっぱ》を押し出した後《のち》、トックの家の戸をしめてしまいました。部屋《へや》の中はそのせいか急にひっそりなったものです。僕らはこういう静
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