るに足る詩的天才に信頼したために胃袋の一語を忘れたことである。(この章にもやはりクラバックの爪の痕は残っていました。)
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もし理性に終始するとすれば、我々は当然我々自身の存在を否定しなければならぬ。理性を神にしたヴォルテエルの幸福に一生をおわったのはすなわち人間の河童よりも進化していないことを示すものである。
十二
ある割合に寒い午後です。僕は「阿呆《あほう》の言葉」を読み飽きましたから、哲学者のマッグを尋ねに出かけました。するとある寂しい町の角《かど》に蚊のようにやせた河童《かっぱ》が一匹、ぼんやり壁によりかかっていました。しかもそれは紛れもない、いつか僕の万年筆を盗んでいった河童なのです。僕はしめたと思いましたから、ちょうどそこへ通りかかった、たくましい巡査を呼びとめました。
「ちょっとあの河童を取り調べてください。あの河童はちょうど一月《ひとつき》ばかり前にわたしの万年筆を盗んだのですから。」
巡査は右手の棒をあげ、(この国の巡査は剣《けん》の代わりに水松《いちい》の棒を持っているのです。)「おい、君」とその河童へ声をかけました。僕はあ
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