「しかし……しかし嘴《くちばし》でも腐っていなければ、……」
「それはあきらめるほかはないさ。さあ、トック君の家《うち》へでも行こう。」
「トックさんは僕を軽蔑《けいべつ》しています。僕はトックさんのように大胆に家族を捨てることができませんから。」
「じゃクラバック君の家へ行こう。」
 僕はあの音楽会以来、クラバックにも友だちになっていましたから、とにかくこの大音楽家の家へラップをつれ出すことにしました。クラバックはトックに比べれば、はるかに贅沢《ぜいたく》に暮らしています。というのは資本家のゲエルのように暮らしているという意味ではありません。ただいろいろの骨董《こっとう》を、――タナグラの人形やペルシアの陶器を部屋《へや》いっぱいに並べた中にトルコ風の長椅子《ながいす》を据《す》え、クラバック自身の肖像画の下にいつも子どもたちと遊んでいるのです。が、きょうはどうしたのか両腕を胸へ組んだまま、苦い顔をしてすわっていました。のみならずそのまた足もとには紙屑《かみくず》が一面に散らばっていました。ラップも詩人トックといっしょにたびたびクラバックには会っているはずです。しかしこの容子《ようす
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