いたとみえ、目の上の手さえ動かしません。そのうちに僕は飛び立つが早いか、岩の上の河童へおどりかかりました。同時にまた河童も逃げ出しました。いや、おそらくは逃げ出したのでしょう。実はひらりと身をかわしたと思うと、たちまちどこかへ消えてしまったのです。僕はいよいよ驚きながら、熊笹《くまざさ》の中を見まわしました。すると河童は逃げ腰をしたなり、二三メエトル隔たった向こうに僕を振り返って見ているのです。それは不思議でもなんでもありません。しかし僕に意外だったのは河童の体《からだ》の色のことです。岩の上に僕を見ていた河童は一面に灰色を帯びていました。けれども今は体中すっかり緑いろに変わっているのです。僕は「畜生!」とおお声をあげ、もう一度|河童《かっぱ》へ飛びかかりました。河童が逃げ出したのはもちろんです。それから僕は三十分ばかり、熊笹《くまざさ》を突きぬけ、岩を飛び越え、遮二無二《しゃにむに》河童を追いつづけました。
河童もまた足の早いことは決して猿《さる》などに劣りません。僕は夢中になって追いかける間《あいだ》に何度もその姿を見失おうとしました。のみならず足をすべらして転《ころ》がったこと
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