エルはもちろん、ペップやチャックもそんなことは当然と思っているらしいのです。現にチャックは笑いながら、あざけるように僕に話しかけました。
「つまり餓死《がし》したり自殺したりする手数を国家的に省略してやるのですね。ちょっと有毒|瓦斯《ガス》をかがせるだけですから、たいした苦痛はありませんよ。」
「けれどもその肉を食うというのは、……」
「常談《じょうだん》を言ってはいけません。あのマッグに聞かせたら、さぞ大笑いに笑うでしょう。あなたの国でも第四階級の娘たちは売笑婦になっているではありませんか? 職工の肉を食うことなどに憤慨したりするのは感傷主義ですよ。」
こういう問答を聞いていたゲエルは手近いテエブルの上にあったサンドウィッチの皿を勧めながら、恬然《てんぜん》と僕にこう言いました。
「どうです? 一つとりませんか? これも職工の肉ですがね。」
僕はもちろん辟易《へきえき》しました。いや、そればかりではありません。ペップやチャックの笑い声を後ろにゲエル家《け》の客間を飛び出しました。それはちょうど家々の空に星明かりも見えない荒れ模様の夜です。僕はその闇《やみ》の中を僕の住居《すまい》
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