交友の多少は如何?
 答 予の交友は古今東西にわたり、三百人を下らざるべし。その著名なるものをあぐれば、クライスト、マインレンデル、ワイニンゲル……
 問 君の交友は自殺者のみなりや?
 答 必ずしもしかりとせず。自殺を弁護せるモンテェニュのごときは予が畏友《いゆう》の一人《いちにん》なり。ただ予は自殺せざりし厭世《えんせい》主義者、――ショオペンハウエルの輩《はい》とは交際せず。
 問 ショオペンハウエルは健在なりや?
 答 彼は目下《もっか》心霊的厭世主義を樹立し、自活[#「自活」に傍点]する可否を論じつつあり。しかれどもコレラも黴菌病《ばいきんびょう》なりしを知り、すこぶる安堵《あんど》せるもののごとし。
 我ら会員は相次いでナポレオン、孔子《こうし》、ドストエフスキイ、ダアウィン、クレオパトラ、釈迦《しゃか》、デモステネス、ダンテ、千《せん》の利休《りきゅう》等の心霊の消息を質問したり。しかれどもトック君は不幸にも詳細に答うることをなさず、かえってトック君自身に関する種々のゴシップを質問したり。
 問 予《よ》の死後の名声は如何《いかん》?
 答 ある批評家は「群小詩人のひとり」と言えり。
 問 彼は予が詩集を贈らざりしに怨恨《えんこん》を含めるひとりなるべし。予の全集は出版せられしや?
 答 君の全集は出版せられたれども、売行きはなはだ振わざるがごとし。
 問 予の全集は三百年の後《のち》、――すなわち著作権の失われたる後、万人《ばんにん》の購《あがな》うところとなるべし。予の同棲《どうせい》せる女友だちは如何?
 答 彼女は書肆《しょし》ラック君の夫人となれり。
 問 彼女はいまだ不幸にもラックの義眼なるを知らざるなるべし。予が子は如何?
 答 国立孤児院にありと聞けり。
 トック君はしばらく沈黙せる後、新たに質問を開始したり。
 問 予が家は如何?
 答 某写真師のステュディオとなれり。
 問 予の机はいかになれるか?
 答 いかなれるかを知るものなし。
 問 予は予の机の抽斗《ひきだし》に予の秘蔵せる一束《ひとたば》の手紙を――しかれどもこは幸いにも多忙なる諸君の関するところにあらず。今やわが心霊界はおもむろに薄暮に沈まんとす。予は諸君と訣別《けつべつ》すべし。さらば。諸君。さらば。わが善良なる諸君。
 ホップ夫人は最後の言葉とともにふたたび急劇に覚
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