あおむ》けに倒れたまま、大勢の河童にとり囲まれていました。のみならず太い嘴《くちばし》の上に鼻目金《はなめがね》をかけた河童が一匹、僕のそばへひざまずきながら、僕の胸へ聴診器を当てていました。その河童は僕が目をあいたのを見ると、僕に「静かに」という手真似《てまね》をし、それからだれか後ろにいる河童へ Quax, quax と声をかけました。するとどこからか河童が二匹、担架《たんか》を持って歩いてきました。僕はこの担架にのせられたまま、大勢の河童の群がった中を静かに何町か進んでゆきました。僕の両側に並んでいる町は少しも銀座通りと違いありません。やはり毛生欅《ぶな》の並み木のかげにいろいろの店が日除《ひよ》けを並べ、そのまた並み木にはさまれた道を自動車が何台も走っているのです。
 やがて僕を載せた担架は細い横町《よこちょう》を曲ったと思うと、ある家《うち》の中へかつぎこまれました。それは後《のち》に知ったところによれば、あの鼻目金をかけた河童の家、――チャックという医者の家だったのです。チャックは僕を小ぎれいなベッドの上へ寝かせました。それから何か透明な水薬《みずぐすり》を一杯飲ませました。僕はベッドの上に横たわったなり、チャックのするままになっていました。実際また僕の体《からだ》はろくに身動きもできないほど、節々《ふしぶし》が痛んでいたのですから。
 チャックは一日に二三度は必ず僕を診察にきました。また三日に一度ぐらいは僕の最初に見かけた河童、――バッグという漁夫《りょうし》も尋ねてきました。河童は我々人間が河童のことを知っているよりもはるかに人間のことを知っています。それは我々人間が河童を捕獲することよりもずっと河童が人間を捕獲することが多いためでしょう。捕獲というのは当たらないまでも、我々人間は僕の前にもたびたび河童の国へ来ているのです。のみならず一生河童の国に住んでいたものも多かったのです。なぜと言ってごらんなさい。僕らはただ河童《かっぱ》ではない、人間であるという特権のために働かずに食っていられるのです。現にバッグの話によれば、ある若い道路|工夫《こうふ》などはやはり偶然この国へ来た後《のち》、雌《めす》の河童を妻にめとり、死ぬまで住んでいたということです。もっともそのまた雌の河童はこの国第一の美人だった上、夫の道路工夫をごまかすのにも妙をきわめていたというこ
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