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 我々の自然を愛するのは自然は我々を憎んだり嫉妬《しっと》したりしないためもないことはない。
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 もっとも賢い生活は一時代の習慣を軽蔑《けいべつ》しながら、しかもそのまた習慣を少しも破らないように暮らすことである。
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 我々のもっとも誇りたいものは我々の持っていないものだけである。
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 何《なん》びとも偶像を破壊することに異存を持っているものはない。同時にまた何びとも偶像になることに異存を持っているものはない。しかし偶像の台座の上に安んじてすわっていられるものはもっとも神々に恵まれたもの、――阿呆か、悪人か、英雄かである。(クラバックはこの章の上へ爪《つめ》の痕《あと》をつけていました。)
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 我々の生活に必要な思想は三千年|前《ぜん》に尽きたかもしれない。我々はただ古い薪《たきぎ》に新しい炎を加えるだけであろう。
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 我々の特色は我々自身の意識を超越するのを常としている。
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 幸福は苦痛を伴い、平和は倦怠《けんたい》を伴うとすれば、――?
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 自己を弁護することは他人を弁護することよりも困難である。疑うものは弁護士を見よ。
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 矜誇《きょうか》[#ルビの「きょうか」は「きょうこ」の誤か]、愛欲、疑惑――あらゆる罪は三千年来、この三者から発している。同時にまたおそらくはあらゆる徳も。
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 物質的欲望を減ずることは必ずしも平和をもたらさない。我々は平和を得るためには精神的欲望も減じなければならぬ。(クラバックはこの章の上にも爪《つめ》の痕《あと》を残していました。)
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 我々は人間よりも不幸である。人間は河童《かっぱ》ほど進化していない。(僕はこの章を読んだ時思わず笑ってしまいました。)
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 成すことは成し得ることであり、成し得ることは成すことである。畢竟《ひっきょう》我々の生活はこういう循環論法を脱することはできない。――すなわち不合理に終始している。
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 ボオドレエルは白痴になった後《のち》、彼の人生観をたった一語に、――女陰の一語に表白した。しかし彼自身を語るものは必ずしもこう言ったことではない。むしろ彼の天才に、――彼の生活を維持す
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