路工夫などはやはり偶然この国へ来た後、雌の河童を妻に娶《めと》り、死ぬまで住んでゐたと云ふことです。尤もその又雌の河童はこの国第一の美人だつた上、夫の道路工夫を誤魔化すのにも妙を極めてゐたと云ふことです。
 僕は一週間ばかりたつた後、この国の法律の定める所により、「特別保護住民」としてチヤツクの隣に住むことになりました。僕の家は小さい割に如何にも瀟洒と出来上つてゐました。勿論この国の文明は我々人間の国の文明――少くとも日本の文明などと余り大差はありません。往来に面した客間の隅には小さいピアノが一台あり、それから又壁には額縁へ入れたエツテイングなども懸つてゐました。唯肝腎の家をはじめ、テエブルや椅子の寸法も河童の身長に合はせてありますから、子供の部屋に入れられたやうにそれだけは不便に思ひました。
 僕はいつも日暮れがたになると、この部屋にチヤツクやバツグを迎へ、河童の言葉を習ひました。いや、彼等ばかりではありません。特別保護住民だつた僕に誰も皆好奇心を持つてゐましたから、毎日血圧を調べて貰ひに、わざわざチヤツクを呼び寄せるゲエルと云ふ硝子会社の社長などもやはりこの部屋へ顔を出したものです
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