フスキイ、ダアウイン、クレオパトラ、釈迦、デモステネス、ダンテ、千の利休等の心霊の消息を質問したり。然れどもトツク君は不幸にも詳細に答ふることを做さず、反つてトツク君自身に関する種々のゴシツプを質問したり。
 問 予の死後の名声は如何?
 答 或批評家は「群小詩人の一人」と言へり。
 問 彼は予が詩集を贈らざりしに怨恨を含める一人なるべし。予の全集は出版せられしや?
 答 君の全集は出版せられたれども、売行甚だ振はざるが如し。
 問 予の全集は三百年の後、――即ち著作権の失はれたる後、万人の購ふ所となるべし。予の同棲せる女友だちは如何?
 答 彼女は書肆ラツク君の夫人となれり。
 問 彼女は未だ不幸にもラツクの義眼なるを知らざるなるべし。予が子は如何?
 答 国立孤児院にありと聞けり。
 トツク君は暫く沈黙せる後、新たに質問を開始したり。
 問 予が家は如何?
 答 某写真師のステユデイオとなれり。
 問 予の机は如何になれるか?
 答 如何なれるかを知るものなし。
 問 予は予の机の抽斗に予の秘蔵せる一束の手紙を――然れどもこは幸ひにも多忙なる諸君の関する所にあらず。今やわが心霊界は
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