なたは我々河童ではありませんから、おわかりにならないのも尤もです。しかしわたしもどうかすると、あの恐ろしい雌の河童に追ひかけられたい気も起るのですよ。」
[#7字下げ]七[#「七」は中見出し]
僕は又詩人のトツクと度たび音楽会へも出かけました。が、未だに忘れられないのは三度目に聴きに行つた音楽会のことです。尤も会場の容子などは余り日本と変つてゐません。やはりだんだんせり上つた席に雌雄の河童が三四百匹、いづれもプログラムを手にしながら、一心に耳を澄ませてゐるのです。僕はこの三度目の音楽会の時にはトツクやトツクの雌の河童の外にも哲学者のマツグと一しよになり、一番前の席に坐つてゐました。するとセロの独奏が終つた後、妙に目の細い河童が一匹、無造作に譜本を抱へたまま、壇の上へ上つて来ました。この河童はプログラムの教へる通り、名高いクラバツクと云ふ作曲家です。プログラムの教へる通り、――いや、プログラムを見るまでもありません。クラバツクはトツクが属してゐる超人倶楽部の会員ですから、僕も亦顔だけは知つてゐるのです。
「Lied――Craback」(この国のプログラムも大抵は独逸語《ドイツご》を
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