自己を弁護することは他人を弁護することよりも困難である。疑ふものは弁護士を見よ。
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矜誇、愛慾、疑惑――あらゆる罪は三千年来、この三者から発してゐる。同時に又恐らくはあらゆる徳も。
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物質的欲望を減ずることは必しも平和を齎《もたら》さない。我々は平和を得る為には精神的欲望も減じなければならぬ。(クラバツクはこの章の上にも爪の痕を残してゐました。)
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我々は人間よりも不幸である。人間は河童ほど進化してゐない。(僕はこの章を読んだ時思はず笑つてしまひました。)
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成すことは成し得ることであり、成し得ることは成すことである。畢竟我々の生活はかう云ふ循環論法を脱することは出来ない。――即ち不合理に終始してゐる。
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ボオドレエルは白痴になつた後、彼の人生観をたつた一語に、――女陰の一語に表白した。しかし彼自身を語るものは必しもかう言つたことではない。寧ろ彼の天才に、――彼の生活を維持するに足る詩的天才に信頼した為に胃袋の一語を忘れたことである。(この章にもやはりクラバツクの爪の痕は残つてゐました。)
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若し理性に終始するとすれば、我々は当然我々自身の存在を否定しなければならぬ。理性を神にしたヴオルテエルの幸福に一生を了つたのは即ち人間の河童よりも進化してゐないことを示すものである。
[#7字下げ]十二[#「十二」は中見出し]
或割り合に寒い午後です。僕は「阿呆の言葉」も読み飽きましたから、哲学者のマツグを尋ねに出かけました。すると或寂しい町の角に蚊のやうに痩せた河童が一匹、ぼんやり壁によりかかつてゐました。しかもそれは紛れもない、いつか僕の万年筆を盗んで行つた河童なのです。僕はしめたと思ひましたから、丁度そこへ通りかかつた、逞しい巡査を呼びとめました。
「ちよつとあの河童を取り調べて下さい。あの河童は丁度一月ばかり前にわたしの万年筆を盗んだのですから。」
巡査は右手の棒をあげ、(この国の巡査は剣の代りに水松《いちゐ》の棒を持つてゐるのです。)「おい、君」とその河童へ声をかけました。僕は或はその河童は逃げ出しはしないかと思つてゐました。が、存外落ち着き払つて巡査の前へ歩み寄りました。のみならず腕を組んだまま、如何にも傲然と僕の顔
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