二匹、三匹の子供の河童と一しよに晩餐のテエブルに向つてゐるのです。するとトツクはため息をしながら、突然かう僕に話しかけました。
「僕は超人的恋愛家だと思つてゐるがね、ああ云ふ家庭の容子を見ると、やはり羨しさを感じるんだよ。」
「しかしそれはどう考へても、矛盾してゐるとは思はないかね?」
けれどもトツクは月明りの下にぢつと腕を組んだまま、あの小さい窓の向うを、――平和な五匹の河童たちの晩餐のテエブルを見守つてゐました。それから暫くしてかう答へました。
「あすこにある玉子焼は何と言つても、恋愛などよりも衛生的だからね。」
[#7字下げ]六[#「六」は中見出し]
実際又河童の恋愛は我々人間の恋愛とは余程趣を異にしてゐます。雌の河童はこれぞと云ふ雄の河童を見つけるが早いか、雄の河童を捉へるのに如何なる手段も顧みません。一番正直な雌の河童は遮二無二雄の河童を追ひかけるのです。現に僕は気違ひのやうに雄の河童を追ひかけてゐる雌の河童を見かけました。いや、そればかりではありません。若い雌の河童は勿論、その河童の両親や兄弟まで一しよになつて追ひかけるのです。雄の河童こそ見じめです。何しろさんざん逃げまはつた揚句、運好くつかまらずにすんだとしても、二三箇月は床についてしまふのですから。僕は或時僕の家にトツクの詩集を読んでゐました。するとそこへ駈けこんで来たのはあのラツプと云ふ学生です。ラツプは僕の家へ転げこむと、床の上へ倒れたなり、息も切れ切れにかう言ふのです。
「大変だ! とうとう僕は抱きつかれてしまつた!」
僕は咄嗟《とつさ》に詩集を投げ出し、戸口の錠をおろしてしまひました。しかし鍵穴から覗いて見ると、硫黄の粉末を顔に塗つた、背の低い雌の河童が一匹、まだ戸口にうろついてゐるのです。ラツプはその日から何週間か僕の床の上に寝てゐました。のみならずいつかラツプの嘴はすつかり腐つて落ちてしまひました。
尤も又時には雌の河童を一生懸命に追ひかける雄の河童もないわけではありません。しかしそれもほんたうの所は追ひかけずにはゐられないやうに雌の河童が仕向けるのです。僕はやはり気違ひのやうに雌の河童を追ひかけてゐる雄の河童も見かけました。雌の河童は逃げて行くうちにも、時々わざと立ち止まつて見たり、四つん這ひになつたりして見せるのです。おまけに丁度好い時分になると、さもがつかりしたやうに楽
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