けなげ》な御志だ。
干魚《ひうを》を売る女 何の健気な事がありますものか? 捨てられた妻子の身になれば、弥陀仏でも女でも、男を取つたものには怨みがありますわね。
青侍 いや、大きにこれも一理窟だ。ははははは。
犬 わんわん。わんわん。
五位の入道 阿弥陀仏よや。おおい。おおい。
馬上の武者 ええ、馬が驚くわ。どうどう。
櫃《ひつ》をおへる従者《ずさ》 気違ひには手がつけられませぬ。
老いたる尼 あの法師は御存知の通り、殺生好《せつしやうず》きな悪人でしたが、よく発心《ほつしん》したものですね。
若き尼 ほんたうに恐しい人でございました。山狩や川狩をするばかりか、乞食なぞも遠矢《とほや》にかけましたつけ。
手に足駄《あしだ》を穿《は》ける乞食 好《い》い時に遇《あ》つたものだ。もう二三日早かつたら、胴中《どうなか》に矢の穴が明いたかも知れぬ。
栗|胡桃《くるみ》などを商ふ主《あるじ》 どうして又ああ云ふ殺伐《さつばつ》な人が、頭を剃《そ》る気になつたのでせう?
老いたる尼 さあ、それは不思議ですが、やはり御仏《みほとけ》の御計《おんはか》らひでせう。
油を商ふ主 私《わたし》はきつと天狗か何かが、憑《つ》いてゐると思ふのだがね。
栗胡桃などを商ふ主 いや、私は狐だと思つてるのさ。
油を商ふ主 それでも天狗はどうかすると、仏に化けると云ふぢやないか?
栗胡桃などを商ふ主 何、仏に化けるものは、天狗ばかりに限つた事ぢやない。狐もやつぱり化けるさうだ。
手に足駄を穿ける乞食 どれ、この暇に頸《くび》の袋へ、栗でも一ぱい盗んで行かうか。
若き尼 あれあれ、あの金鼓《ごんぐ》の音《ね》に驚いたのか、鶏《とり》が皆屋根へ上《あが》りました。
五位の入道 阿弥陀仏よや。おおい。おおい。
釣をする下衆《げす》 これは騒々しい法師が来たものだ。
その伴《つれ》 どうだ、あれは? 跛《ゐざり》の乞食が駈けて行くぜ。
牟子《むし》をしたる旅の女 私はちと足が痛うなつた。あの乞食の足でも借りたいものぢや。
皮子《かはご》を負へる下人 もうこの橋を越えさへすれば、すぐに町でございます。
釣をする下衆 牟子の中が一目見てやりたい。
その伴 おや、側見《わきみ》をしてゐる内に、何時《いつ》か餌をとられてしまつた。
五位の入道 阿弥陀仏よや。おおい。おおい。
鴉《からす》 かあかあ。
田を植うる女
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