のだ。」――かう訊《たづ》ねられたら、私は何と答へる事が出来るのでせう。「己は、この男を罪人にしようとしてゐるのだ。」誰が安んじて、さう答へられます。誰が、この顔を見てそんな真似が出来ます。かう書くと、長い間の事のやうですが、実際は、殆、一刹那《いつせつな》の中に、こんな自責が、私の心に閃《ひらめ》きました。丁度、その時です。「面目《めんぼく》ございません」――かう云ふ語《ことば》が、かすかながら鋭く、私の耳にはいつたのは。
あなたなら、私自身の心が、私に云つたやうに聞えたとでも、形容なさるのでせう。私は、唯、その語が、針を打つたやうに、私の神経へひゞくのを感じました。まつたく、その時の私の心もちは、奈良島と一しよに「面目ございません」と云ひながら、私たちより大きい、何物かの前に首がさげたかつたのです。私は、いつか、奈良島の肩をおさへてゐた手をはなして、私自身が捕へられた犯人のやうに、ぼんやり石炭庫の前に立つてゐました。
後は、お話しせずとも、大概お察しがつきませう。奈良島は、その日一日、禁錮室《きんこしつ》に監禁されて、翌日、浦賀の海軍監獄へ送られました。これは、あんまりお話した
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