くない事ですが、あすこでは、囚人に、よく「弾丸運び」と云ふ事をやらせるのです。八尺程の距離を置いた台から台へ、五貫目ばかりの鉄の丸《たま》を、繰返へし繰返へし、置き換へさせるのですが、何が苦しいと云つて、あの位、囚人に苦しいものはありますまい。いつか、拝借したドストエフスキイの「死人の家」の中にも、「甲のバケツから、乙のバケツへ水をあけて、その水を又、甲のバケツへあけると云ふやうに、無用な仕事を何度となく反覆させると、その囚人は必自殺する。」――こんな事が、書いてあつたかと思ひます。それを、実際、あすこの囚人はやつてゐるのですから、自殺をするものゝないのが、寧《むしろ》、不思議な位でせう。そこへ行つたのです、私の取押さへた、あの信号兵は。雀斑《そばかす》のある、背の低い、気の弱さうな、おとなしい男でしたが……。
 その日、私は、外の候補生仲間と、欄干《ハンドレエル》によりかゝつて、日の暮れかゝる港を見てゐますと、例の牧田が私の隣へ来て、「猿を生捕つたのは、大手柄だな」と、ひやかすやうに、云ひました。大方、私が、内心得意でゞもあると思つたのでせう。
「奈良島は人間だ。猿ぢやあない。」
 
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