面は、近所の畠でも借りれば、造作はない。その上、フランシス上人さへ、それは至極よからうと、賛成した。勿論、上人は、自分についてゐる伊留満《いるまん》の一人が、西洋の薬用植物か何かを、日本へ移植しようとしてゐるのだと、思つたのである。
 悪魔は、早速、鋤《すき》鍬《くは》を借りて来て、路ばたの畠を、根気よく、耕しはじめた。
 丁度水蒸気の多い春の始で、たなびいた霞《かすみ》の底からは、遠くの寺の鐘が、ぼうんと、眠むさうに、響いて来る、その鐘の音が、如何にも又のどかで、聞きなれた西洋の寺の鐘のやうに、いやに冴えて、かんと脳天へひびく所がない。――が、かう云ふ太平な風物の中にゐたのでは、さぞ悪魔も、気が楽だらうと思ふと、決してさうではない。
 彼は、一度この梵鐘《ぼんしよう》の音を聞くと、聖保羅《さんぽおろ》の寺の鐘を聞いたよりも、一層、不快さうに、顔をしかめて、むしやうに畑を打ち始めた。何故かと云ふと、こののんびりした鐘の音を聞いて、この曖々《あいあい》たる日光に浴してゐると、不思議に、心がゆるんで来る。善をしようと云ふ気にもならないと同時に、悪を行はうと云ふ気にもならずにしまふ。これでは
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