いる、百万石が自慢なのである。だから、彼のこの虚栄心は、金無垢の煙管を愛用する事によって、満足させられると同じように、その煙管を惜しげもなく、他人にくれてやる事によって、更によく満足させられる訳ではあるまいか。たまたまそれを河内山にやる際に、幾分外部の事情に、強《し》いられたような所があったにしても、彼の満足が、そのために、少しでも損ぜられる事なぞはないのである。
そこで、斉広は、本郷《ほんごう》の屋敷へ帰ると、近習《きんじゅ》の侍に向って、愉快そうにこう云った。
「煙管は宗俊の坊主にとらせたぞよ。」
五
これを聞いた家中《かちゅう》の者は、斉広《なりひろ》の宏量《こうりょう》なのに驚いた。しかし御用部屋《ごようべや》の山崎|勘左衛門《かんざえもん》、御納戸掛《おなんどがかり》の岩田|内蔵之助《くらのすけ》、御勝手方《おかってがた》の上木《かみき》九郎右衛門――この三人の役人だけは思わず、眉《まゆ》をひそめたのである。
加州一藩の経済にとっては、勿論、金無垢の煙管《きせる》一本の費用くらいは、何でもない。が、賀節《がせつ》朔望《さくぼう》二十八日の登城《とじょ
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