ち》にあるものは懇請の情ばかりではない、お坊主《ぼうず》と云う階級があらゆる大名に対して持っている、威嚇《いかく》の意も籠《こも》っている。煩雑な典故《てんこ》を尚《とうと》んだ、殿中では、天下の侯伯も、お坊主の指導に従わなければならない。斉広には一方にそう云う弱みがあった。それからまた一方には体面上|卑吝《ひりん》の名を取りたくないと云う心もちがある。しかも、彼にとって金無垢の煙管そのものは、決して得難い品ではない。――この二つの動機が一つになった時、彼の手は自《おのずか》ら、その煙管を、河内山の前へさし出した。
「おお、とらす。持ってまいれ。」
「有難うございまする。」
 宗俊は、金無垢の煙管をうけとると、恭しく押頂《おしいただ》いて、そこそこ、また西王母の襖《ふすま》の向うへ、ひき下った。すると、ひき下る拍子に、後《うしろ》から袖を引いたものがある。ふりかえると、そこには、了哲《りょうてつ》が、うすいも[#「うすいも」に傍点]のある顔をにやつかせながら、彼の掌《てのひら》の上にある金無垢の煙管をもの欲しそうに、指さしていた。
「こう、見や。」
 河内山は、小声でこう云って、煙管の
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