のある男なんだぜ。いよいよ運が授かるとなれば、明日《あす》にも――」
「信心気でございますかな。商売気でございますかな。」
 翁《おきな》は、眦《めじり》に皺《しわ》をよせて笑った。捏《こ》ねていた土が、壺《つぼ》の形になったので、やっと気が楽になったと云う調子である。
「神仏の御考えなどと申すものは、貴方《あなた》がたくらいのお年では、中々わからないものでございますよ。」
「それはわからなかろうさ。わからないから、お爺さんに聞くんだあね。」
「いやさ、神仏が運をお授けになる、ならないと云う事じゃございません。そのお授けになる運の善し悪しと云う事が。」
「だって、授けて貰えばわかるじゃないか。善い運だとか、悪い運だとか。」
「それが、どうも貴方がたには、ちとおわかりになり兼ねましょうて。」
「私には運の善し悪しより、そう云う理窟の方がわからなそうだね。」
 日が傾き出したのであろう。さっきから見ると、往来へ落ちる物の影が、心もち長くなった。その長い影をひきながら、頭《かしら》に桶《おけ》をのせた物売りの女が二人、簾の目を横に、通りすぎる。一人は手に宿への土産《みやげ》らしい桜の枝を持っ
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