うな騒ぎでございます。それに、こうなると、死物狂いだけに、婆さんの力も、莫迦《ばか》には出来ませぬ。が、そこは年のちがいでございましょう。間もなく、娘が、綾と絹とを小脇《こわき》にかかえて、息を切らしながら、塔の戸口をこっそり、忍び出た時には、尼《あま》はもう、口もきかないようになって居りました。これは、後《あと》で聞いたのでございますが、死骸《しがい》は、鼻から血を少し出して、頭から砂金を浴びせられたまま、薄暗い隅の方に、仰向《あおむ》けになって、臥《ね》ていたそうでございます。
「こっちは八坂寺《やさかでら》を出ると、町家《ちょうか》の多い所は、さすがに気がさしたと見えて、五条|京極《きょうごく》辺の知人《しりびと》の家をたずねました。この知人と云うのも、その日暮しの貧乏人なのでございますが、絹の一疋もやったからでございましょう、湯を沸かすやら、粥《かゆ》を煮るやら、いろいろ経営《けいえい》してくれたそうでございます。そこで、娘も漸《ようや》く、ほっと一息つく事が出来ました。」
「私も、やっと安心したよ。」
青侍《あおざむらい》は、帯にはさんでいた扇《おおぎ》をぬいて、簾《すだれ
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