が》いながら、そっと入口まで這《は》って行って、戸を細目にあけて見ました。外にも、いい案配に、人のけはいはございませぬ。――
「ここでそのまま、逃げ出してしまえば、何事もなかったのでございますが、ふと今朝《けさ》貰った綾と絹との事を思い出したので、それを取りに、またそっと皮匣《かわご》の所まで帰って参りました。すると、どうした拍子か、砂金の袋にけつまずいて、思わず手が婆さんの膝《ひざ》にさわったから、たまりませぬ。尼の奴め驚いて眼をさますと、暫くはただ、あっけにとられて、いたようでございますが、急に気ちがいのようになって、娘の足にかじりつきました。そうして、半分泣き声で、早口に何かしゃべり立てます。切れ切れに、語《ことば》が耳へはいる所では、万一娘に逃げられたら、自分がどんなひどい目に遇うかも知れないと、こう云っているらしいのでございますな。が、こっちもここにいては命にかかわると云う時でございますから、元よりそんな事に耳をかす訳がございませぬ。そこで、とうとう、女同志のつかみ合がはじまりました。
「打つ。蹴《け》る。砂金の袋をなげつける。――梁《はり》に巣を食った鼠《ねずみ》も、落ちそ
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