る。水干はそれでも、肩が少し落ちて、丸組の緒や菊綴《きくとぢ》の色が怪しくなつてゐるだけだが、指貫になると、裾のあたりのいたみ方が一通りでない。その指貫の中から、下の袴もはかない、細い足が出てゐるのを見ると、口の悪い同僚でなくとも、痩公卿の車を牽《ひ》いてゐる、痩牛の歩みを見るやうな、みすぼらしい心もちがする。それに佩《は》いてゐる太刀も、頗る覚束《おぼつか》ない物で、柄《つか》の金具も如何《いかが》はしければ、黒鞘の塗も剥げかかつてゐる。これが例の赤鼻で、だらしなく草履をひきずりながら、唯でさへ猫背なのを、一層寒空の下に背ぐくまつて、もの欲しさうに、左右を眺め眺め、きざみ足に歩くのだから、通りがかりの物売りまで莫迦《ばか》にするのも、無理はない。現に、かう云ふ事さへあつた。……
 或る日、五位が三条坊門を神泉苑の方へ行く所で、子供が六七人、路ばたに集つて、何かしてゐるのを見た事がある。「こまつぶり」でも、廻してゐるのかと思つて、後ろから覗いて見ると、何処《どこ》かから迷つて来た、尨犬《むくいぬ》の首へ繩をつけて、打つたり殴《たた》いたりしてゐるのであつた。臆病な五位は、これまで何かに
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