つ》として、曠野の静けさを破つてゐたが、やがて利仁が、馬を止めたのを見ると、何時、捕へたのか、もう狐の後足を掴《つか》んで、倒《さかさま》に、鞍の側へ、ぶら下げてゐる。狐が、走れなくなるまで、追ひつめた所で、それを馬の下に敷いて、手取りにしたものであらう。五位は、うすい髭にたまる汗を、慌しく拭きながら、漸《やうやく》、その傍へ馬を乗りつけた。
「これ、狐、よう聞けよ。」利仁は、狐を高く眼の前へつるし上げながら、わざと物々しい声を出してかう云つた。「其方、今夜の中に、敦賀の利仁が館《やかた》へ参つて、かう申せ。『利仁は、唯今|俄《にはか》に客人を具して下らうとする所ぢや。明日、巳時《みのとき》頃、高島の辺まで、男たちを迎ひに遣《つか》はし、それに、鞍置馬二疋、牽かせて参れ。』よいか忘れるなよ。」
 云ひ畢《をは》ると共に、利仁は、一ふり振つて狐を、遠くの叢《くさむら》の中へ、抛《はふ》り出した。
「いや、走るわ。走るわ。」
 やつと、追ひついた二人の従者は、逃げてゆく狐の行方を眺めながら、手を拍《う》つて囃《はや》し立てた。落葉のやうな色をしたその獣の背は、夕日の中を、まつしぐらに、木の
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