ぜ》に、吹かせてゐたと云ふ気がする。上《かみ》は主人の基経から、下《しも》は牛飼の童児まで、無意識ながら、悉《ことごとく》さう信じて疑ふ者がない。
かう云ふ風采を具へた男が、周囲から受ける待遇は、恐らく書くまでもないことであらう。侍所《さぶらひどころ》にゐる連中は、五位に対して、殆ど蠅《はへ》程の注意も払はない。有位《うゐ》無位《むゐ》、併せて二十人に近い下役さへ、彼の出入りには、不思議な位、冷淡を極めてゐる。五位が何か云ひつけても、決して彼等同志の雑談をやめた事はない。彼等にとつては、空気の存在が見えないやうに、五位の存在も、眼を遮《さへぎ》らないのであらう。下役でさへさうだとすれば、別当とか、侍所の司《つかさ》とか云ふ上役たちが頭から彼を相手にしないのは、寧《むし》ろ自然の数《すう》である。彼等は、五位に対すると、殆ど、子供らしい無意味な悪意を、冷然とした表情の後に隠して、何を云ふのでも、手真似だけで用を足した。人間に、言語があるのは、偶然ではない。従つて、彼等も手真似では用を弁じない事が、時々ある。が、彼等は、それを全然五位の悟性に、欠陥があるからだと、思つてゐるらしい。そこで
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