、身のまはり万端のみすぼらしい事|夥《おびただ》しい。尤も、馬は二人とも、前のは月毛《つきげ》、後のは蘆毛《あしげ》の三歳駒で、道をゆく物売りや侍も、振向いて見る程の駿足である。その後から又二人、馬の歩みに遅れまいとして随《つ》いて行くのは、調度掛と舎人《とねり》とに相違ない。――これが、利仁と五位との一行である事は、わざわざ、ここに断るまでもない話であらう。
 冬とは云ひながら、物静に晴れた日で、白けた河原の石の間、潺湲《せんくわん》たる水の辺《ほとり》に立枯れてゐる蓬《よもぎ》の葉を、ゆする程の風もない。川に臨んだ背の低い柳は、葉のない枝に飴《あめ》の如く滑かな日の光りをうけて、梢《こずゑ》にゐる鶺鴒《せきれい》の尾を動かすのさへ、鮮かに、それと、影を街道に落してゐる。東山の暗い緑の上に、霜に焦げた天鵞絨《びろうど》のやうな肩を、丸々と出してゐるのは、大方、比叡《ひえい》の山であらう。二人はその中に鞍《くら》の螺鈿《らでん》を、まばゆく日にきらめかせながら鞭をも加へず悠々と、粟田口を指して行くのである。
「どこでござるかな、手前をつれて行つて、やらうと仰せられるのは。」五位が馴れない手に手綱をかいくりながら、云つた。
「すぐ、そこぢや。お案じになる程遠くはない。」
「すると、粟田口辺でござるかな。」
「まづ、さう思はれたがよろしからう。」
 利仁は今朝五位を誘ふのに、東山の近くに湯の湧いてゐる所があるから、そこへ行かうと云つて出て来たのである。赤鼻の五位は、それを真《ま》にうけた。久しく湯にはいらないので、体中がこの間からむづ痒《がゆ》い。芋粥の馳走になつた上に、入湯が出来れば、願つてもない仕合せである。かう思つて、予《あらかじ》め利仁が牽かせて来た、蘆毛の馬に跨《またが》つた。所が、轡《くつわ》を並べて此処まで来て見ると、どうも利仁はこの近所へ来るつもりではないらしい。現に、さうかうしてゐる中に、粟田口は通りすぎた。
「粟田口では、ござらぬのう。」
「いかにも、もそつと、あなたでな。」
 利仁は、微笑を含みながら、わざと、五位の顔を見ないやうにして、静に馬を歩ませてゐる。両側の人家は、次第に稀になつて、今は、広々とした冬田の上に、餌をあさる鴉《からす》が見えるばかり、山の陰に消残つて、雪の色も仄《ほのか》に青く煙つてゐる。晴れながら、とげとげしい櫨《はじ》の梢
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