沼! 君の囲い者じゃないか?」
藤井は額越《ひたいご》しに相手を見ると、にやりと酔《よ》った人の微笑を洩《も》らした。
「そうかも知れない。」
飯沼は冷然と受け流してから、もう一度和田をふり返った。
「誰だい、その友だちというのは?」
「若槻《わかつき》という実業家だが、――この中でも誰か知っていはしないか? 慶応《けいおう》か何か卒業してから、今じゃ自分の銀行へ出ている、年配も我々と同じくらいの男だ。色の白い、優しい目をした、短い髭《ひげ》を生やしている、――そうさな、まあ一言《いちごん》にいえば、風流愛すべき好男子だろう。」
「若槻峯太郎《わかつきみねたろう》、俳号《はいごう》は青蓋《せいがい》じゃないか?」
わたしは横合いから口を挟《はさ》んだ。その若槻という実業家とは、わたしもつい四五日|前《まえ》、一しょに芝居を見ていたからである。
「そうだ。青蓋《せいがい》句集というのを出している、――あの男が小えんの檀那《だんな》なんだ。いや、二月《ふたつき》ほど前《まえ》までは檀那だったんだ。今じゃ全然手を切っているが、――」
「へええ、じゃあの若槻という人は、――」
「僕の中学
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