を見るとさうだらうと思ふ。
もつとも小説を書くうへに於ては、寧《むし》ろ夏よりは十一月十二月もつと寒くなつても冬の方がいいやうだ。また書く上ばかりでなく、書くまでの段取を火鉢にあたりながら漫然と考へてゐるには今頃《いまごろ》が一番いいやうだ。新年号の諸雑誌の原稿は大抵《たいてい》十一月|一杯《いつぱい》または十二月のはじめへかかる。さういふものを書いてゐる時は、他の人は寒いだらうとか何《なん》とかいつて気にしてくれるけれども、書き出して脂《あぶら》が乗れば煙草を喫《の》むほかは殆《ほとん》ど火鉢なんぞを忘れてしまふ。それにその時分は襖《ふすま》だの障子《しやうじ》だのがたて切つてあるものだから、自分の思想や情緒とかいふものが、部屋の中から遁出《にげだ》してゆかないやうな安心した処があつてよく書ける。もつともよく書けるといつても、それは必ずしも作の出来栄えには比例しないのだから、勿論新年号の小説は何時《いつ》も傑作が出来るといふ訣《わけ》にはゆかない。
[#地から1字上げ](大正六年)
底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日初
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