よつと久保田万太郎《くぼたまんたらう》君の小説のなかを歩いてゐるやうな気持でいい気持だ。
十二月は僕は何時《いつ》でも東京にゐて、その外《ほか》の場処といつたら京都《きやうと》とか奈良《なら》とかいふ甚《はなは》だ平凡な処しかしらないんだけども、京都へ初めて往《い》つた時は十二月で、その時分は、七条《しちでう》の停車場も今より小さかつたし、烏丸《からすまる》の通《とほり》だの四条《しでう》の通《とほり》だのがずつと今より狭《せま》かつた。でさういふ古ぼけた京都を知つてゐるだけだが、その古ぼけた京都に滞在してゐる間《あひだ》に二三度|時雨《しぐれ》にあつたことをおぼえてゐる。殊《こと》に下賀茂《しもかも》の糺《ただす》の森であつた時雨《しぐれ》は、丁度《ちやうど》朝焼がしてゐるとすぐに時雨れて来たんで、甚だ風流な気がしたのを覚えてゐる。時雨といへば矢張《やは》り其時、奈良の春日《かすが》の社《やしろ》で時雨にあひ、その時雨の霽《は》れるのをまつ間《あひだ》お神楽《かぐら》をあげたことがあつた。それは古風な大和琴《やまとごと》だの筝《さう》だのといふ楽器を鳴らして、緋《ひ》の袴《はかま
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