れから二は、平家物語の註釈者《ちゆうしやくしや》のことで、この註釈者が、今引用した――甍《いらか》破れては……のところへ来て、その語句の出所《しゆつしよ》などを調べたり考へたりするけれども、どうしても解《わか》らないので、俺《おれ》などはまだ学問が足りないのだ、平家物語を註釈する程に学問が出来て居ないのだと言つて、慨歎《がいたん》して筆を擱《お》くところが書いてありました。
 三は現代で、中学校の国語の先生が、生徒に大原御幸《おはらごかう》の講義をしてゐるところで、先生が、この――霧《きり》不断《ふだん》の香《かう》を焚《た》き……と云ふやうな語句は、昔からその出所も意味も解らないものとされて居ると云ふと、席の隅の方に居た生徒が「そこが天才の偉いところだ」と、独言《ひとりごと》のやうに呟《つぶや》くところが書いてありました。
 今はその青年の名も覚えて居りませんが、その作品が非常によかつたので、今でもそのテエマは覚えてゐるのですが、その青年の事は、折々今でも思ひ出します。才を抱《いだ》いて、埋《うづ》もれてゆく人は、外《ほか》にも沢山《たくさん》ある事と思ひます。[#地から1字上げ](
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