うちにだんだんかう云ふ彼女自身を情ない人間に感じ出した。同時に又彼女と悪縁を結んだ倅の仁太郎や嫁のお民も情ない人間に感じ出した。その変化は見る見る九年間の憎しみや怒りを押し流した。いや、彼女を慰めてゐた将来の幸福さへ押し流した。彼等親子は三人とも悉《ことごと》く情ない人間だつた。が、その中にたつた一人|生恥《いきはぢ》を曝《さら》した彼女自身は最も情ない人間だつた。「お民、お前なぜ死んでしまつただ?」――お住は我知らず口のうちにかう新仏《しんぼとけ》へ話しかけた。すると急にとめどもなしにぽたぽた涙がこぼれはじめた。……
お住は四時を聞いた後、やつと疲労した眠りにはひつた。しかしもうその時にはこの一家の茅屋根《かややね》の空も冷やかに暁を迎へ出してゐた。……
[#地から2字上げ](大正十二年十二月)
底本:「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月16日公開
2004年3月10日修正
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