のを苦に病んでゐたせゐもあるのだつた。
「だがのう、お民、お前今の若さでさ、男なしにやゐられるもんぢやなえよ。」
「ゐられなえたつて、仕かたがなえぢや。この中へ他人でも入れて見なせえ。広も可哀《かはい》さうだし、お前さんも気兼だし、第一わしの気骨の折れることせつたら、ちつとやそつとぢやなからうわね。」
「だからよ、与吉を貰ふことにしなよ。あいつもお前この頃ぢや、ぱつたり博奕《ばくち》を打たなえと云ふぢやあ。」
「そりやおばあさんには身内でもよ、わしにはやつぱし他人だわね。何、わしさへ我慢すりや……」
「でもよ、その我慢がさあ、一年や二年ぢやなえからよう。」
「好いわね。広の為だものう。わしが今苦しんどきや、此処《ここ》の家の田地は二つにならずに、そつくり広の手へ渡るだものう。」
「だがのう、お民、(お住はいつも此処へ来ると、真面目に声を低めるのだつた。)何しろはたの口がうるせえからのう。お前今おらの前で云つたことはそつくり他人にも聞かせてくんなよ。……」
 かう云ふ問答は二人の間に何度出たことだかわからなかつた。しかしお民の決心はその為に強まることはあつても、弱まることはないらしかつた
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